下街道(したかいどう)は、ほぼ現在の県道内津勝川線にあたり、名古屋から勝川・坂下・内津などを通り岐阜県へ続く道で、約53kmあります。鳥居松本通り商店街にある郷土館を拠点にして歩いてみませんか?
【下街道(したかいどう)とは?】
下街道は、古くから善光寺街道とも呼ばれ、名古屋熱田天満町〜勝川、鳥居松、坂下(内津)を経て、多治見、中山道へと通ずる商売、物流の道として栄えました。
◇本街道(上街道)と下街道◇
本街道(上街道)と下街道は東海道と中山道を結ぶ重要な街道として古くから利用されてきました。本街道(上街道)は木曽街道、犬山街道などと呼ばれ、江戸時代初期に尾張藩の公道として三間幅に拡張改修され、味美、犬山などを経て中仙道と結ばれていました。主に武士などの道として参勤交代などに使われていました。しかしながら、本街道(上街道)は公道であるため、公用の荷物、役人の通行が優先され、また規則もやかましく、なおかつ距離が下街道筋より五里も遠く、山道が多い点、一般の旅人、商人、荷物はほとんどが本街道(上街道)を敬遠し、下街道を利用しました。
下街道は、古くから善光寺街道とも呼ばれ、名古屋熱田天満町〜勝川、鳥居松、坂下(内津)を経て、多治見、中山道へと通ずる商売、物流の道として栄えました。
◇本街道(上街道)と下街道◇
本街道(上街道)と下街道は東海道と中山道を結ぶ重要な街道として古くから利用されてきました。本街道(上街道)は木曽街道、犬山街道などと呼ばれ、江戸時代初期に尾張藩の公道として三間幅に拡張改修され、味美、犬山などを経て中仙道と結ばれていました。主に武士などの道として参勤交代などに使われていました。しかしながら、本街道(上街道)は公道であるため、公用の荷物、役人の通行が優先され、また規則もやかましく、なおかつ距離が下街道筋より五里も遠く、山道が多い点、一般の旅人、商人、荷物はほとんどが本街道(上街道)を敬遠し、下街道を利用しました。
【下街道(したかいどう)ウォークラリー】
毎月第三土曜日開催 9時〜11時スタート
春日井駅前の正栄寺からゴールの勝川弘法市本部へコースマップを元に歩きます。(約4.5km)15ヶ所のスタンプを押しながら、完歩者には遍路手形が記念に交付されます。街道では古い建造物もあり、また各所にてイベントも実施しています。
>>もっと詳しく知りたい方はこちら。
>>下街道ウォークラリーのマップはこちら。
毎月第三土曜日開催 9時〜11時スタート春日井駅前の正栄寺からゴールの勝川弘法市本部へコースマップを元に歩きます。(約4.5km)15ヶ所のスタンプを押しながら、完歩者には遍路手形が記念に交付されます。街道では古い建造物もあり、また各所にてイベントも実施しています。
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【郷土館】
開催時間/毎週土曜日午後1時〜4時
毎月第3土曜日午前の下街道ウォークラリーのときには、蓄音機を聞く会を行っています。
郷土館の歴史は古く、造り酒屋の飯田重蔵が江戸時代に建てた離れ座敷です。明治天皇が各地を廻られた時に、御小休所(おんこやすみどころ)として使われました。昭和48年に市制30周年を記念して、市立郷土館として開館しました。
開催時間/毎週土曜日午後1時〜4時毎月第3土曜日午前の下街道ウォークラリーのときには、蓄音機を聞く会を行っています。
郷土館の歴史は古く、造り酒屋の飯田重蔵が江戸時代に建てた離れ座敷です。明治天皇が各地を廻られた時に、御小休所(おんこやすみどころ)として使われました。昭和48年に市制30周年を記念して、市立郷土館として開館しました。
【槙ヶ根(まきがね)追分】下街道、信州側からの起点
江戸時代の五街道の一つ中山道は、信濃、美濃の山峡を通り、「木曽街道」とよばれていました。 その中山道69次の46番目の宿・大井の宿から47番目の宿・大湫宿(おおくて)の宿に向かう途中、槙ヶ根(まきがね)追分の道標がございます。
左 伊勢街道
右 西京 大阪道
と明記されています。 中山道から伊勢参りをする人は、ここで左の坂道(下街道)を下っていきました。 まさに、この槙ヶ根(まきがね)追分こそが下街道の信州側からの起点でございます。 まきがねという地名は現在、恵那市の「まきがね公園体育館」として残っています。ゴルフをされる方はよくご存知だと思いますが、恵那峡カントリークラブ横の公園でございます。


